「パーカーを着ないと村八分にされる」

Twitterのタイムラインを眺めていると、面妖なネタがどんぶらこと流れてきた。

「ISS(国際社会科学部)の2期生(FY2017入学生)が学部のパーカーを作ろうとしている」というネタだ。

 

「大学のパーカー」というと、個人的には上智大学のイメージだが、上智大学のそれは正確には「パーカー」ではなく、「ソジャー(ソフィア・ジャージ)」というトレーナーだそうだ。ジャージなのかトレーナーなのか、はたまたパーカーなのかよくわからないが、とにかくそういうことらしい。
かなりの余談であるが、あおぞら銀行は上智大学6号館(通称:「ソフィアタワー」)に本店を移すそうだ。

 

政治学科から眺めるに、ISSの1期生(FY2016入学生)は学部内での仲が実に良さそうであり、パーカーを作るというネタを目にしたときも、「さもありなん」という印象であったが、ネタを深掘すると恐るべき事実が判明したのである。

 

学部パーカーを買わないとハブカれる。

 

……昨年に新設されたばかりの新学部だというのに、実に前近代的な話だ。

政治学科の私からしたら、彼らISSが何をしようが勝手である。学部オリジナルのパーカーを作るのなら(何の利益や価値があるのかは分からないし、卒業したら着なくなること請け合いだが)勝手に作れば良い。しかし、「パーカーを買わないとハブカれる」というのは第三者的視点からすると実に「バカバカしい」ものだ。

そしてISSが何をしようが勝手であるように、私が第三者的視点でそれをどう批評しようが勝手である。そしてこの記事を読者諸氏が読むのもまた、勝手である。読みたくなければ勝手にどこかに行っていただいて構わない。

 

閑話休題、そのバカバカしい「同調圧力」によって、学部内に対抗勢力が生まれ、学部内で対立が起きているという。

政治学科学生の勝手な私見であるが、パーカーを作るのは勝手だとしても、それを強制する(あるいはそのような風潮が醸成される)ことに問題があるのではないか。

 

テキストや学生証のように、「統一する必要性」と「全員所持の必要性」があるものなら、大学や学部で指定したものを買わせる合理性と正当性が生じる。

文房具も授業を受けるのに、携帯電話やノートPCも現代の大学生ならおよそ必須であるが、これは統一する必要はないだろう。
(文房具で「墨と筆を使いたい」とか、ノートPCが今でもなぜかWindows95だとか、スマートフォンのOSが自作だとか、特異かつ稀有な例を挙げればキリがないが、それぞれ可能性は極めて低いので除外して考えよう)

パスポートや健康保険証のように、(前後に健康保険適用で診察を受けるとか、出入国の予定があるとか、防衛省や国会議事堂を見学するとかの予定がなければ)少なくとも大学において全員が所持することを求められないものの、ある程度フォーマットが統一されている必要があるものもある。

一方で、「パーカー」は私服であり、いずれのどれにも属さない。「全員所持の必要性」もなければ「統一する必要性」もない。
もっとも、私服を着ていないのは「全裸」であり法律上よろしくないので、私服には「全員所持の必要性」が認められるものの、それが「パーカー」である必要はない。逆にパーカーだけ着ていれば良いというわけでもない(全裸にパーカーを着ただけの姿というのは下半身を露出しているという可能性が極めて高く、これも法律上よろしくないこと請け合いだ)。
中学校や高校までの制服であれば、「全員所持の必要性」も「統一する必要性」もあり、真逆の要素を持つ(制服ではなく「標準服」等の制度であったり、制服制度のない学校であったりすれば別であるが)ものの、ここは大学であり、私服での通学が認められている空間である。
防衛大学校や海上保安大学校といった例もあるが、あれは防衛省や国土交通省が所管する「省庁大学校」であり、文部科学省所管の「大学」とは厳密に異なる存在である。そして母体となる自衛隊や海上保安庁の特殊性を鑑みれば「制服」という制度も合理性と正当性があるだろう。

さて、現況をまとめると下図のようになる。
スライド1

本来であれば「全員所持の必要性」も「統一する必要性」もないパーカーを、どういうわけか「全員所持の必要性」と「統一する必要性」のあるものと位置づけ、その意向に沿わない学生に社会的・精神的重圧を与えているというのがISS2期生の現状である。

そしておそらく、ISSオリジナルパーカーというのは「学生が楽しむため」といった、ポジティブな意向があって発案されたものだろう。実に微笑ましい。
一方で、パーカーは学生にとって「無くてはならない」ものではない。したがって、その意向に沿わない学生が存在するのも当然である。その学生からしたら、オリジナルパーカーを強要されたり、買わなかった際に重圧を受けたりすればネガティブな感情を抱くことだろう。

一部の学生が「ポジティブ」な感情に浸るために、対する考えを持つ学生が「ネガティブ」な感情を抱かなければならない「買わないとハブカれる」という風潮は、オリジナルパーカーという、せっかくの微笑ましいアイディアを台無しにしてしまうものにほかならない。

 

これでは「国際社会科学部」ではなく「ムラ社会科学部」ではないだろうか。