「学習院大学」の価値はどこにあるのか?

大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。

大学は、その目的を実現するための教育研究を行い、その成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする。

学校教育法において、「大学」とは上記のような存在として期待されている。
では、学習院大学の現状はこの「大学」の目的や意義に合致していると言えようか。

本大学は、総記の精神に基づき精深な学術の理論と応用とを研究教授し、有用な人材を育成し、もって文化の創造発展と人類の福祉に貢献することを目的とする。

学習院大学学則 第1条には上記の通り記されている。これも実情に合致しているだろうか。

真面目に授業に取り組もうとする学生が指を差して笑われるキャンパス。

「未成年の飲酒はやめよう!」「飲酒や一発芸の強要はやめよう!」と訴えたら、逆恨みをして嫌がらせ行為を続ける部活やサークル。そしてそれを取り囲んで、面白可笑しく囃し立てる学生たち。

 

この現状に思い悩み、うつ病を発症した友人すらいる。

これらの現状は、学校教育法や学則におよそ合致しているとは言えない。大学として「正常」とは言えない。

 

この風通しの悪い陰湿な空間で「学べる」ことはいったい何であろうか。私が申し上げるのも僭越だが、教授陣は優秀な方々が揃っていると見受けられる一方で、学生の体たらくにはひたすら辟易する。

酒の飲み方や飲ませ方だろうか。授業のサボり方だろか。あるいは私への嫌がらせの方法であろうか。

実に「程度が低い」。

 

上記の現状にも関わらず、学習院大学 公式Webサイトに掲載されているパンフレットでは、さも学習院大学が「学び舎」として充実した環境であるかのように描かれているのだから、腹を抱えて笑うほかない。

もはや「詐欺」だとすら形容したくなる。

いや、前述の通り教授陣や設備を始めとする「リソース」といいう意味においては充実しているであろうことは確かだろう─もちろん「完璧」ではないだろうし、不満も噴出している点は否めないが、それでも高い水準にはあることだろう─。一方で、その「真面目に学びたい学生」を取り囲んで「環境」を形成する、多くの学生たちを見ると、結果的に「真面目に学べる」とは言い難い。

指を差して笑われながら、真面目に学びたいと思うだろうか。もちろん、意志の強い学生の一部には、それでも真面目に学びたい人もいるかもしれない。しかし、真面目に学びたいなら指を差して笑われることを受け入れなければならないというのは、大学の本旨を考えると「不当」と言わざるを得ない。

 

速やかなる事態の改善を求めたい次第だ。